高野山常喜院 概要 

仏都高野山の歴史

高野山は弘仁7年(816年)唐から帰国した高祖弘法大師空海が

真言宗の修行の根本道場として開創したのが始まりです。

開創当時、東西2つの仏塔と禅定院、住房が建立され、

これが、高野山真言密教の中心、総本山金剛峯寺となりました。

空海はこの地を拠点に布教活動を行い、承和2年(835年)生涯を終えました(大師入定)。

この頃から、高野山は大師入定の霊場として、また現世における浄土(高野山浄土)として、

永遠のめい想の中で空海が今なお人々を救済しているという信仰が生き続けています。


高野山の中心、総本山金剛峯寺の門前にある菩提所常喜院は、

弘法大師の第一高弟であられた「道光大師実恵上人」さまの開基です。


高野山霊場 常喜院

 

開基は道光大師、実恵といって高祖の高足であった。

本尊の地蔵菩薩は、国宝仏として有名であるがその他中興、

 

心覺阿闍梨作の不動明王、天正十九年、第二十二世の遍覺律師が豊前小倉城内で祈祷し、その歓びによって、黒田長政公が寄進した護摩堂本尊の大威徳像、幣振不動明王などが知られている。

御本尊 地蔵菩薩 

「つねひごろ よろこびおほく くらしなん

 

こころうごかぬ みほとけのてら」



保元元年(1156年)心覚阿闍梨という高僧が再興し、以来法燈は850年にわたって伝わっています。

江戸時代の終わりに大火により焼失しましたが、 明治3年(1870年)に 現在のように復興しました。

九州、日向の城主伊東家、 近江の朽木家等の大名が大檀主として名を連ね、全国から現当二世の幸福を祈る善男善女の菩提所となっています。

ぜひ一度お訪ね下さい。